秘匿された光秀の由緒刀(秋広・近景をめぐって)

——  贈答事情から窺われる明智光秀の人間性 ——

(三)光秀の襟度

 

 この木俣との突然的といっていい別離に当って、明智光秀のとった行動が尋常ではない。まず何の悶着なく、守勝が徳川幕下に戻ることを許した。そしてまことに豪華な物品を餞別として贈り与えたのである。以下のことは木俣家秘中の書『国語碑銘誌』に記されてある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

①刀剣——相州秋広の脇差(※写真参照)

②緋威の鎧(※写真参照)

③鞍置の馬一頭

④猩々緋の胴服

⑤大判二枚(※写真参照)

 この中の①が本稿主題のひとつであるが、元来は丹波八上の城主波多野秀治の愛刀であった。

 秀治一統を信長が謀殺したあと、その遺刀を丹波征討官であった光秀に与えた由緒刀である。このことは木俣家の蔵刀記録『重代・伝宝・刀剣・書籍・品物記録帳控−明治21年1月吉日−』にある(この蔵刀記録は後記する近景刀と共に本稿末尾に改めて紹介する)。

 緋威の鎧は光秀の着領だった。このことも前記の記録に次の如くにある。

 「鞍置の馬」は馬具を完装した駿馬のことである。これだけでも当時の金額的にいえば大変なことになる。現在の高級外車一台を上まわるだろう。

 しかしこの中で、ことに興味深いのは「大判二枚」である。

 本稿に直接関係はないが、これは光秀の木俣守勝致仕に対する心配りを示す対外的に最もわかりやすい例証なので記しておく。

 この大判金はいうまでもなく信長が製造を命じたもので、天正大判(天正十六年秀吉による鋳造)以前のものとなるいわゆる「無文大判」である。実用ではなくあくまで贈答用に造られたものであるが、極めて希少の流通で勿論家康の三河経済圏には存在しない。まことに珍貴な貨幣であった。

 

 このように、離れてゆく被官に対する光秀の恩遇の意とするところは何にあったのだろう。まず、第一はおのが勢威の対外宣布。何よりも経済に余裕のある織田家中の権勢家であるという示威である。後日、光秀が守勝に宛てた書状中家康を殿付けもせず、呼び捨てに扱っている点でも、従来では想像されなかった光秀の権勢の大きさを示している。

 第二は、家康への挨拶である。帰参する守勝を今更に殊遇することは、家康への眤近を再認することになる。書状では明確に家康との上下の格付を明瞭にしているが、内実は親実であるということだ。

 そして第三は、何よりも守勝への厚意だ。何かあればもう一度本気で俺のところへ戻ってこい。いつでも待っているぞ——という意志のはっきりした伝達、信用供与である。

 もう一度餞別の品々の絢爛豪華を考えると、光秀は本当に守勝を愛重していたことが知れる。それと、徳川家との外交的協調の重要さ、旧一臣僚への厚遇を示して今後も交誼を継続してゆこうという熱いメッセージを家康に送ったわけである。政治力に富む襟度豊かな海内第一級の人物であった。

 守勝は光秀の寵遇を真情を心中深く感じ取った。このことが代々の木俣家に申し伝えられ、秘密裡の内に「光秀尊崇」の精神が育まれていったのである。やがて歳月がすぎ馬や大判、そして胴服などは存在を失っていったが刀剣と甲冑は秘密の裡、大切に伝持されていくことになる。

  国語碑銘誌(木俣家秘文書)

(光秀からの餞別品を記した一項)

​② 緋威の鎧(部分)

​① 相州秋広の脇差(全体)

③無文大判

(右:無文大判 (148mm×72mm) 左:慶長大判 比較参考復元品)

​① 相州秋広の脇差

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