井伊家系図

井伊家歴代の数え方について

彦根藩の場合
従来の彦根市史関係の叙述では井伊家歴代の数え方をまちがっています。佐和山に封ぜられた井伊直政を初代とし、13年もの間藩主の任にあった直継を二代とせず、その間の年月を無視して実は三代である直孝を二代にしています。つまり江戸時代の御用学者によって作られた井伊家系図による二代直継無視をそのまま現代も続けているわけです。在位数十日の直恒や直禔が代数に含まれているにもかかわらず直継が代数から除外されているのは意識的な作為としか考えられません。これは実証を無視した歴史学で、現在の歴史学としては明らかに間違いです。客観的な歴史認識に基づいて代々の改正をするべきです。当館長は『井伊軍志』(平成元年・彦根藩史料研究普及会刊)等で早くからこのことを指摘し、近年一部では改められるようになりましたが、今尚旧来の表記を採っている関係者が少なくありません。速やかに全面的改正がなされるべきです。
当サイトではあく迄正しい井伊家代数を採用して記述していますので、従来の代数とは異った表現になりますが間違いではありません。御注意下さい。

与板藩の場合
与板藩は彦根城から安中へ、更に西尾、掛川と転封を重ねた直継(直勝)を初祖として代数を数えています。与板に移ったのは五代直矩の時ですが、幕初の先祖を初代とする系統的思考を採っています。

略系図

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井伊家最古の系図

井伊直政、直継、直孝、三代の井伊家創業に係る藩主に仕え自らも上泉流の軍師として、井伊軍の軍配を預かった名臣岡本半介宣就(無名老翁・喜庵)が寛永二十一年に考証記録した自筆による井伊家系図で、井伊氏の系図としては藩公認現存最古の系図です。あく迄男系を尊重した古系図のやり方で、この中には次郎法師ないし直虎のことは皆無です。そのままで見る限り存在のあとさえありません。次郎直虎時代の生き残りが存在していた時代、また自らも井伊家史の学者を任じていた当代一流の人物が著したものとして、時代の風潮を偲ぶ重要な史料と思えます。