前後截斷録 第82回宗安寺さん、そして木村重成首塚に係って・・・
- 2025年12月1日
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(一)
もう一年以上も前になる。昨年六月ごろ、 佐和山城址散策を幸便として宗安寺さんを訪れることにした。御住職は竹内真道老師(老師と書いたが御老齢ではない。尊称である。念のため)である。初対面であるが、竹内住職は拙著『井伊軍志』を読んでおられた。嬉しい事である。
数年前、とある人物が大坂夏の陣で討死した井伊家先手の武将・川手主水の墓守を僭称し、この侍の墓地に歴史事実を歪げた看板を立てた。このことに気がついた私は駭いて「河手主水の墓をめぐって、-創作された墓守の美談-」をただちに公表した。その稿中においてはいまだ未発表であった事共も含めて、まったく詐略的な歴史の変更捏造が行われていることを書いた。三年前のことであった。
どのみち私はこの自称墓守なる人物の欺瞞的行跡を記したところで、地元の人々にはなんの反応もしないだろうと諦めていた。確かに事実は私の思っていた通りであった。一部の史学者たちは明瞭な同意を示してくれたが、南川瀬の田野は無風であった。
ところが驚く勿れである。昨年の春頃、この史的事実も根拠も何もない手前勝手な「墓守」の看板が取り払われたのである。その正義の実行役となったのが宗安寺の竹内真道老師であって、この件は既に発表し結構な反響を得た(2025.6.12稿)。
(刀 無銘-伝 千手院-木村重成討取の節安藤長三郎所用と伝える 長二尺二寸八分)


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