井 伊 美 術 館
当館は日本唯一の甲冑武具・史料考証専門の美術館です。
平成29年度大河ドラマ「おんな城主 井伊直虎」の主人公直虎とされた人物、徳川四天王の筆頭井伊直政の直系後裔が運営しています。歴史と武具の本格派が集う美術館です。
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平成30年度 井伊美術館特別展
幕府元老
反幕旗頭
井伊 x 島津
開催期間: 平成30年4月15日〜同11月15日
天下分け目の関ケ原における開戦のしるしとなった井伊直政の島津義弘陣への銃撃先戦、そして大勢が決定したあと戦線離脱する敗残島津軍への追撃。この激越極まる戦功によって井伊兵部直政の名は天下に令名し、幕府創業の元勲となった。
更にその後父にも優る勇武の将といわれた子直孝による大坂陣大功によって、井伊氏は幕府元老の家となり、不動の地位を築いてゆく。一方島津氏は関ヶ原敗戦にもかかわらず、巧妙な戦後工作と井伊直政へのとり入りによって家名と領土の保全を得た。このことは井伊直政の周旋によるところが大であったが和戦両様の態を示しつつ敗けを勝利へと導いた島津外交の凄さにある。島津氏は戦いにこそ敗れをとったが政治的に勝利を得た。
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幕末井伊家から大老直弼が出た。その強権政治に立ちはだかったのが島津家十一代藩主斉彬である。幕権回復を図る大老と新しい時代をリードせんとする島津斉彬。両家因縁の再対決がはじまった。斉彬からみれば直弼の政治は暴逆にすぎた。天皇から大政を委任されている幕府はひたすら強権政策に走るばかりであって、天皇の大御心にそむくばかりか、人心をも得ていない。斉彬は藩兵五千の大軍を卒い上洛、井伊の幕府と対決する決意をした。しかし、歴史の運命は非情であった。
斉彬は壮挙決行の直前病没。大老井伊直弼も日本史上最大の政治テロによって暗殺される。両藩の直接対決は果たされないまま歴史の奔流は更に激しさを増してゆく…。
それぞれの時代を表徹する両雄藩の遺宝の数々を間近にみて星霜を経た実歴史の迫力を存分に楽しんで下さい。
主な展示品目録
朱塗総覆輪六十二間筋兜鉢(伝・井伊直政所用)―宗久作―
紺糸威本小札胴丸伝─伝島津義弘所用─
沢瀉威本小札胴丸―江戸時代―
関ケ原島津義弘退き口伏旗(井伊家分捕品)
伝・島津豊久の母衣
島津義弘信仰 不動明王─室町時代─
朱塗本伊予札胴丸─伝・島津豊久所用─
奈良原喜八郎(維新後 繁と改名) 結婚記念の短刀(二代目奥元平作)
小桜威大鎧(平安時代復原)─都城島津男爵家伝来─
三十二間小星兜鉢―南北朝時代―
島津家久夢想連歌巻
包革仏二枚胴朱具足─伝・井伊直政初陣所用─
紺糸縅仏二枚胴朱具足─伝・井伊直政所用・松山藩犬塚家伝来─
紺糸威桶側二枚胴朱具足─伝・井伊直孝所用─
金高蒔絵飾棚─鹿児島島津齊彬所用─
家紋蒔絵長持櫃─都城島津家伝来─
井伊直弼練習刀
井伊直弼絶筆
他