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「井伊家伝記」の性格と祖山和尚の目的

 祖山和尚は井伊家とおのが住持する龍潭寺という名刹に対し人一倍熱烈な愛情と誇りをもった和尚であった。その政治外交的能力、孤独な資料収集の忍耐、そしてその活用のための叙述展開能力、いずれも並々ではない。そしてその努力は井伊家に於て認められ、当時江戸中期において、殆どその存在を忘却されつつあって彦根龍潭寺に独占されていた井伊家菩提寺としての権益の回復をみごとに果たした。

 井伊家の古い伝えについてしばしば引用される『井伊家伝記』は江戸中期井伊谷龍潭寺の和尚さんであるこの祖山が口碑伝承を中心に、寺伝の記録書類をもとに書き綴ったと称する書き物である。そのような書き物にありがちな内容に矛盾や誤りが少なくないが、要するに後代の伝説物語であるから本来深くその史料性を詮索される責任はない書物である。この書き物は徳川幕府内に於て大きな地位と権勢を誇っていた井伊家全盛時代に凭れて、著述されたものであるから、「井伊家」はまず正義の大本であるという、美称すれば敬仰、卑俗にいえば迎合の大前提があり、その上更に当時の儒教的観念で単純に事柄が処理されているから、その記事のいちいちの実否は勿論、内容そのものも、史料としてそのままに信用してはならないのである。

 というのも井伊家は勿論本来同族の中野、奥山、また井伊家の存続、直政中興に尽力した今川旧臣三浦や譜代今村藤七家といったそれぞれ功臣の今に遺された家譜類には、「古い事柄は何事も伝わっていない。わからない」といっている。これが戦乱怱忙の戦国の凄い現実である。なのに『井伊家伝記』は昨日の事柄のように、恰も実見してきたかのごとくに乱国の物語を展開する。『井伊家伝記』の悪口を感情的にいっているわけでは決してないがその書のなりたちと性格は知らなければならない。また右伝記の古写本と思われる井伊家蔵本には直盛の女が次郎法師となることは述べてあるが、その次郎法師がのちに直虎になったという記述はない。「直虎」という名そのものも登場しないのである。原本が存在すれば勿論その記述はない筈である。

 『井伊家伝記』を貶すつもりはないが、これは後年、安心立命の立場にあった由緒を誇るいわゆる古寺名刹龍潭寺の和尚さんが、勝者の一方的観念で「井伊家」がなめた辛酸とその後の成功をアピールしたあくまで一方的な「正義の書」なのだ。執筆の動機はその裏に秘められた龍潭寺の献身と忠誠を顕揚するにある。対象は彦根井伊家の老公直興であった。直興に井伊家に対する龍潭寺の昔年の功の再確認とその対価としての更なる庇護を要求した、いわば陣情書なのである。

 これをそのままに信じて史料的に使ってしまうと、大変わかりやすい単純な勧善懲悪譚が出来上がる。このこと、とくに戦国末の次郎法師―いわゆる直虎時代の井伊家において甚しい。そしてこれを近年の史家が史料的に扱ったことから井伊谷の歴史は妙な方向にむけられてしまった。やがて次郎法師は井伊直虎という戦国の女武将へと変身させられてしまう。このあってはいけない歴史の捻じ曲げ、歪曲について『井伊家伝記』は一切関係していない。祖山法忍さんはあくまで正統な和尚さんであった。しかし本格的な歴史家でなかった。これは当り前である。そしてこの悪気のない変身物語はいつの間にか史実へと変身させられてしまったのである。

 つまるところを端的にいえば『井伊家伝記』を史実本として本気にしてはいけないということである。歴史物語であるのに、我々はたとえば次郎法師―井伊直虎時代を書こうと思うと、史料の欠乏を理由に一応これをみなければならない。これは皮肉なことである。これをどこかでガイダンスとしなければならないということは、そこがもう既に「歴史」ではなく「物語」の世界なのである。知らず知らずの内に物語のもつ安易な解釈の陥穽(かんせい)に陥って、甘い思考短絡の誘惑に敗けてしまうことになる。そんな『井伊家伝記』にも前述のごとく直虎という人物の名は一切出てこない。不思議なことでこのことは改めて特筆しておく必要がある。

 武士の社会でいえば、「功名帳」ともいうべきものが『井伊家伝記』である。そのネーミングも素晴らしい。素人がみればこの書名は、いかにも「井伊家」という「公」に於て撰された官撰伝記のごとくにみえる。和尚はプロデューサーとしても一流であったことがわかる。『井伊家伝記』の実体、ほんとのところは祖山老師のものした「私記」なのである。並みの者なら『井伊谷井伊家物語』と表題するだろう。傑僧は広布すべき勘所を見事におさえていた。だから後年、これを悪気も出来心もなく実伝として扱ってしまう史家があらわれたのである。井伊家奉仕、寺名の宣揚における『井伊家伝記』の功たるや絶大といえば、更に転じて後人拠って誤る所少からずとも評せるのである。今後これをみる人はすべからく刮目傾首しなければならない。このこと、おのずと首肯されるであろう。なぜなら、これをいかなる理由に因りてか、史実史料同然に用いる専門家の存在が確認され、その亜流の人達が今後もあとに続く気配があるからである。

(29.1.9)

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